廃止される駅を巡る 上厚内駅

2017年03月03日 - 鉄道情景

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(c)Tatsuo Iizuka



「上厚内駅(浦幌町)」

峠を登り切った駅のホームに降り立つと、永きにわたって風雪に耐え忍んできた感じの木造駅舎が出迎えてくれた。
木の扉を抜け、駅前に出て見えるのは、閉じたままの商店と崩れかけた家屋、閉校になってしばらく経った様子の学校のグランドだ。

駅前の集落に残るのはわずかに四戸のみ。
そのうちの一軒を訪ね、老夫婦に上厚内のことを聞いてみた。

ご主人の山本清孝さんは十人兄弟の六番目としてこの家に生まれ、十三人の大家族で育った。
山に入って木を切り出したり、炭焼きをして暮らしを立ててきた。
奥さんのサツ子さんは、山間の牧場から嫁いできたとき、駅があり、汽車が家の前を通るこの集落を、何て便利がいい所だろうと喜んだ。
上厚内には木を切る人、木を貨車に積む人、隧道のある峠の保線をする人、駅舎に詰める人、山のてっぺんにある無線中継所の保守の人。
そんな人たちとその家族が暮らしていた。
今から四十年ほど前、最も賑やかだった頃には六十戸の世帯が、この峠の集落で生活をしていたのだ。
春と秋には神社のお祭りがあり、小学校では祭りに合わせて演芸会が催された。
小学校は昭和五十七年に閉ざされたが、春秋の祭りは今でも四戸が集まり執り行われているという。

今、駅の掃除や除雪は山本さんご夫妻の仕事だ。
大正十五年建築の駅舎の割に清潔感があるのは、そのおかげだろう。
旅人にも風情ある駅として密かに人気があるようで、待合室に置かれたノートには思い出が綴られている。
かつては峠越えの蒸気機関車が悪戦苦闘しながら行き交った峠の駅を、今は特急列車が軽快に行き過ぎていく。


「忘れがたき駅前ふるさと」車内誌 「THE JR Hokkaido」 2006年11月号より




初めて上厚内駅を訪れたのは、2006年。
そのころJR北海道の車内誌に連載を持っていて、北海道中の駅を廻っては近隣の方にお話を聞かせてもらっていた時だ。
こんな木造の駅舎がよく残ってるなあと驚いた。
別棟の便所棟まである。
釧路に向かう国道の脇に有り、以来何度か訪れたのは
これら貴重な建物はきれいに保たれ、しっかり人の手が行き届いているのを感じ、ほっとするからだ。
住民の方が馴染みのある駅舎を大事にするという愛情が、そこにはあるように思えた。
ご主人は亡くなり、サツ子さんが一人で清掃を続けてきたと聞いた。
信号場から駅になって91年の歴史は、今日幕を下ろす。


北海道/浦幌町 (根室本線)
NikonD4 AF-S NIKKOR 24-70mm 2.8G ED






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飯塚達央
写真の町、北海道東川町在住の写真屋、飯塚達央。1968年大阪出身の48才、脱サラし北海道移住20年目になります。
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