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歴史は何を残すか

2005年11月07日 - 日々の暮らし

東川町は良質な米の産地であり、町内には水田に引く水を温めるための遊水池がいくつかある。
その遊水池は60年程昔、中国から強制的に連行されてきた人たちの強制就労によって作られたものだ。遊水池公園に慰霊碑があるし、中国人墓地も肝試しの場所として聞いたことがあったので、何となく強制就労の史実を知っていた。

今日東川のとあるサークルの主催で、その強制就労の歴史を学ぶ会が行われた。
そこで講演されたのは町内の町医者の先生で、若き日、東川村の診療所に勤め、中国人の治療を行った方だった。
ろくな食事も与えられず、ムチで打たれ、寒さも厳しい中で強制的に働かされた人たち。
怪我、栄養失調、凍傷、伝染病などの治療にきっとやるせなさを感じていたに違いない。
ムチ打ちながら働かせていたのは紛れもなく、日本人である。
背景には戦時中の食糧難から米の生産率を上げなければならないという事情があった。
資料によると東川には338人の中国人が連行され、うち88人の命が失われたとある。
東川以外にも炭鉱、鉄道、港湾施設の現場にも多数連行された。北海道の開拓は多くの中国人(他にも朝鮮人)の強制就労によって作り上げられたのだ。資料に記された数字を足し算してみて嫌になった。北海道に連行された中国人の数は総勢19.840名。そのうちの死者は3.066名。故郷に帰れず、無念の死だったのだろう。しかも終戦後、国に戻された遺骨は別人のものだったり、でっち上げられた死亡診断書だらけだったという。拉致、連行、うやむやにされた死、どこかの国の話ではない。

先生は数少なくなった当時を知る町民のひとりであり、今話しておかないと誰も話す者がいなくなると、時折涙ぐみながらに話をされた。
そして最後に「どのような大義でも良い戦争はないが、悪い平和もない」と結ばれた。

20051107132401.jpg


まさしくウチのすぐ裏にある遊水池。夕暮れ時に水面がキラキラ光る様が何とも美しい。

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飯塚達央
写真の町、北海道東川町在住の写真屋、飯塚達央。1968年大阪出身の50才、脱サラし北海道移住23年目になります。
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