花嫁

2009年06月28日 - 5DmarkII

花嫁

週末はブライダルフォト。
柔らかい写真が撮りたくなる。

本番前のひととき。
レフ持ちは新郎にお願いする。

青空

2009年06月27日 - 5DmarkII

青空

久しぶりに青空を見たような気がします。
急に暑すぎ。でも悪くない。
日焼けして、宗谷本線の取材より戻ってきました。

歴史でめぐる鉄道全路線

2009年06月20日 - お知らせ

ボクが最近道内を奔走し取材している雑誌が創刊されました。
そう言えば名前を言ってませんでしたね。
週刊朝日百科「歴史でめぐる鉄道全路線」(朝日新聞社)。
http://publications.asahi.com/tetsudo/
最近流行の週刊百科シリーズで、国鉄・JR全路線の歴史を網羅し、全50巻を出します。
毎週毎週で50週ですから、編集部は締め切り締め切りで、大変でしょう!
創刊号は東海道本線。16日に発売され、早くも増版。好調な出だしのようです。
(くれぐれも週刊「鉄道絶景の旅」とお間違えなく)

巻頭グラビアに続き毎号、鉄道カメラマンと行く「懐かしい鉄道風景探しの旅」というコーナーが組まれます。(おおむね8ページ)
そのうちボクが担当するのは北海道編の6巻。
12号函館本線/江差線・海峡線
19号根室本線/富良野線
20号宗谷本線/留萌本線
24号石勝線・千歳線/札沼線
28号石北本線・釧網本線
37号室蘭本線・日高本線

一発目の12号が9月1日に発売される見込みです。
これは写真もテキストも入稿済み。(まだ手直しが来るでしょうが)
19号の根室本線は現在取材中。20号の留萌本線は昨日、晴れマークを目指して1回目の取材に行ってきました。
(19、20号と連続して締め切りが来るので早めに動かないと、後が厳しい)

鉄道なんて興味ないや、とお思いの方も是非どうぞ。
北海道で言うならば、北海道の鉄道の歴史は、そのまんま北海道開拓の歴史なんですよね。
どうして鉄道が敷かれたのか。それは石炭を運ぶためだったり、切り出した木を運ぶためだったり。線路を敷いたのは囚人だったり、強制連行してきた人だったり。もっと以前は町の親分が人集めに尽力して、それが後に建設会社になったり。
古くに開通した路線は、くねくねと地形に沿うようにして伸びていき、時代が新しくなるにつけ地形と逆らい、トンネルや橋梁でまっすぐな路線が引かれるようになります。地図を見るとそんなことが見えてきます。
また蒸気機関車を動かすために人が必要とされ、機関庫を中心に町が出来上がった。長万部、倶知安、岩見沢、新得、留萌、遠軽などなど国鉄で発展した町は数知れません。
国鉄マンは花形だった。学校で「国鉄の子」と呼ばれてた子供達も多かったようです。

やがて技術革新でディーゼルになり、電車が走るようになると人がいらなくなった。さらに車社会へと移行し、駅前が廃れていってるのは皆さんも承知の通り。
昨日取材に行った留萌本線恵比島は、鉄道官舎が建ち並び最盛期500人規模の町だったが、今や25人の集落に。いまやそんな面影は、駅前をまっすぐに行ったところにある立派な神社にしかありません。
そうやって、鉄道を中心に人が動いてきた。鉄道には人の歴史と浪漫が詰まっているのです。

踏切


2009年06月18日 - 日々の暮らし

北海道には梅雨がない。
なんてのは嘘に違いなく、現に今年の6月は例年比180%の雨が降ってるそうじゃないか。
すっきりしない天気が続いてる。
天気予報を見る度に、ほんと見る度ごとに晴れマークが消えていってる。
おかげで取材にいけずにイライラが募る。

今日も晴れマークが、曇りマーク全開に変わってしまった。
嘆いてばかりいてもしょうがないので、2週間ぶりにアトリエハウスの内装工事を再開。
やりかけてた、仕事部屋を区切る壁を作る作業を行った。
採寸し、丸ノコで切った2×4材で下地を組み、石膏ボードを打ち付ける。半端なサイズはカッターで切ってから貼っていく。意外にうまくいくもんだ。
ボードを一人で持ち上げながら、釘打ちするのはなかなかやっかい。肘を使ったり、足で押さえたり、太ももで支えたり、それでも何とかやっていく。

無垢の木製ドアが重くて難儀する。それに素人工事だから、壁の垂直が出ていない。2×4材も、ひねりや歪みがあって上下左右、どこかを合わすとどこかが狂ってしまう。それをどこで納めるのかが難しい。
仮留めした段階で、今日はギブアップ。

それでも仕切りが出来ると、ぐっと仕上がりに近づいてきた感じがしてきた。
実際にはこの壁には左官仕上げをして、ドアもオイル塗って、ノブもつけて、開口部の仕上げもしなくちゃならないのだけど。

トータルの進ちょく状況で言うと、まだ半分いってないくらいかな?
まあゆっくりやりますゎ。

明日は取材に。
と思いきや、またもや晴れマークは消えてしまった・・・。

ドア2

このドアの向こうがフォトシーズンのオフィスです。社長室です。個室です。


ナロネ21

2009年06月15日 - 5DmarkII

20系

20系ブルートレインの開放型2段A寝台。
下の段はシートをスライドさせるとベッドに。上の段はひもをひっぱってセットしてくれる。
この車両はどこを走っていたのか?
東海道筋「あさかぜ」?それとも東北筋?

残念ながら乗ったことなし。
20系は小学校卒業記念に東京へ一人旅した帰り、急行「銀河」で一度きり。
3段B寝台の最上段でした。ベッド幅わずか52センチ。天井は20系の特有の丸い形でした。

なぜか今、北海道は旧狩勝峠の廃駅にて余生を過ごす。

残香

2009年06月12日 - 5DmarkII

駅事務所

旧標津線、奥行臼駅にて

ボクの愛読書が時刻表だった小学5,6年生の頃、北海道の地図にはたくさんの路線が書き込まれてました。多くの本線、そこから枝分かれする支線、盲腸線。全部乗るにはどうすればいいか、時刻表の頁をめくっては、空想の旅をしていたものです。

当時、道内の国鉄線の合計が約3,900km。現在は14路線で2,499km。
最盛期より26路線が減り、35%にあたる約1,400kmが廃線となってます。
標津線は1933(昭和8年)開業、1989(平成元年)廃止。
保存されている奥行臼駅。鍵のかけられた駅事務所をガラス越しにのぞき込む。

根室方面取材より戻りました。

雨よ降らないで

2009年06月05日 - 日々の暮らし

ありがたいことに仕事が忙しい。3,4月は記録的に暇だった上に、急遽建てることになったアトリエの支払いであっぷあっぷの状態だった。
ジューンブライドで本業のブライダル撮影の仕事に加え、家族写真、それに雑誌の取材が立て続けに入っている。

先日行った青森、函館方面の鉄道雑誌は写真のみならず、原稿も担当している。単なる紀行文でなく、その路線の歴史的背景も盛り込むことになってるので、実際の取材に加え、文献やネットの情報を収拾し、複数の裏付けをとりながら書き進めている。
写真がいいと言うことで1ページ増やして下さった8ページ分の締め切りが、あと2日後に迫っている。現在進捗状況は80%。
しかし季節外れの雪に見舞われた日の写真は、本人的には手応えがあったのだけど、悪天候の写真は一般受けしないとのことでボツ。だれかさんの撮った青空の写真に差し替えられた。
他の選ばれた写真も、本人の好みとは無関係な写真が多い。あれだけ苦労したのに。手応え十分だったのに。と落胆してもしょうがない。

昨日、今日は名の通った旅雑誌の取材で富良野線沿線を廻った。これは撮影のみで東京のライターさんと2人で。
この雑誌の編集部には、5年ほど前に上京した折、写真ファイルとこれまでの掲載誌を持って営業に行ったのだ。営業なんて後にも先にもこのときくらい。
忘れかけてた頃、仕事をいただけた。忘れられてなかったことが嬉しい。
取材は2日間とも雨が降ったり止んだりのあいにくの天候だったけど、最後のクライマックス、富良野線の車窓からのカットは一瞬だけ晴れてくれた。これは見開きで使うカットだっただけに、ホッと胸をなで下ろす。
同じ号に載る、別の路線の取材もオーダーいただいている。当日どうか晴れますように。

今月は先の鉄道雑誌の取材で根室方面へ行き、そのあと次の号の稚内へも出掛けることになっている。ボクとしては雨も情感が出ていいなあと思うのだけど、ボツになるのは辛いから是非晴れておくれ。
晴れてくれずに取材が順延になれば、その分締め切りまでがタイトになるので、なおさら雨よ降らないで。6月はもうぎゅうぎゅうだ。

そんなこんなで撮影、編集、原稿書きに頭も体もギシギシ鳴っている。
アトリエのセルフ内装工事は一時中断。
それでも業者さんに来てもらって、今日水道設備工事が完成。水が使えるようになり、トイレで用を足せるようになった。これで朝、長時間こもっても家人からクレームが来なくなる。
先日は夜に電気工事屋さんが照明具を持って来てくれて、暗い建物のなかでどこに照明をつければ効果的か、テストしてくれた。
着実に完成に向かっている。

4日ほど前、東京の広告代理店から「はじめまして」から始まる電話が。
撮影してくれるカメラマンの候補にあなたが選ばれているのだけど、今月下旬に一週間スケジュール取れますか?海外取材なんですけど、という内容だった。
そんなオファーは初めてでどぎまぎ。しかし日程に空きがなくお断り。6月はもう無理。
ほんとにないのは空いてる日じゃなくて、自信だったりして・・・。

雨の列車





線香花火

2009年06月01日 - 5DmarkII

線香花火

雨のち晴れ。
先ほど落ちたての夕陽です。
夕食直後、近所の遊水池より。

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飯塚達央
写真の町、北海道東川町在住の写真屋、飯塚達央。1968年大阪出身の48才、脱サラし北海道移住20年目になります。
北海道・東川町で写真スタジオ「フォトシーズン」をやってる写真屋です。日々、ブライダルやファミリーフォトを撮っています。
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空いた時間に好きな写真を撮っては、ブログにアップしています。どうぞおつきあいください。

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