知床開拓スピリット2008 / 04 / 16 ( Wed )
![]() ポカポカとした陽気の中で、汗をかきつつ水辺のテラス(!)を制作中ですが、数日前はみぞれ。外はうっすらと雪景色の中、取り寄せた一冊の本を夢中になって読みました。 栂嶺レイ写真集「知床開拓スピリット」柏艪舎 写真集とありますが、丁寧な取材を元にしたドキュメンタリーです。 人を寄せ付けない厳しい気象と大自然ばかりのイメージ一色の知床ですが、かつてそこには人が住んでいたのです。戦後まだ混沌とした時代に国の施策として開拓に入った人たち。原生林を切り開き、畑にし、集落となり、ついには小学校まで作り上げ、暮らしていました。 しかし数十年の後、施策が変わると、その地を追い出されるのです。そのきっかけは知床の国立公園への指定でした。観光道路が畑を横切り、自然いっぱいの知床に人が住んでいるのはよろしくない、という理由です。 そして近年、知床の世界遺産への登録によって、知床には「手つかずの自然」しかないという図式が描かれ、かつてそこに人々の営みがあったことを闇に葬り去ろうとしているかのような風潮が存在します。 そのため、今は別の場所に暮らすかつての開拓者の一部には、自分の子供や孫のために開拓者であったことを公にしたくない人がいるのです。そのため、文中の登場人物は全てアルファベットの頭文字で表記されています。 Mさん、Yさんと呼ばれなくてはならない人たち。 日本にそういう歴史があったということ。いや歴史でなく、今そういう事実があるということに愕然とする思いを感じたのでした。 筆者は人間の矛盾に憤りを感じながら、取材を重ねていったのでしょう。執念を感じる一冊です。そして写真も美しい。 美しい写真には、必ずバックボーンが備わっているものです。 そしてこの本で、一番ハッとしたのは、その開拓地で暮らしてた日々を「自然と肩を組みあったとでもいうような夢のような暮らしだった」と語った人がいるということだ。 勝手に外から大変だろう、悲惨だろうと思いこんでいるだけで、人々は豊かな暮らしを謳歌していたのかも知れない。物質的な豊かさではなく、個人的な豊かさではなく、家族やコミュニティーの豊かさがその地にはあったのかなと想像してみた。 話は飛躍するが、紛争で話題のチベットやミャンマーにだって日本より豊かな暮らしがあるかも知れないということを思う。 こういう真摯な取り組みを形に仕上げた本は、たくさん売れて欲しいと願う。書店で目を引くのはタレント本と、巧みなキャッチコピーが踊る本だけ。 北海道を書いたこの本。札幌の出版社が出しているのだが、旭川の大手書店で売っていなかった。単なる品切れなのかも知れないが、今ひとつ釈然としない思いでアマゾンをクリックし購入する。 |
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