赤平2007 / 12 / 12 ( Wed )
![]() カメラを持ってone day trip。 今日は赤平を目指す。赤平市は空知地方の旧産炭地。駅に車を駐め、まずは腹ごしらえ。 「ごはん処 よう太。」(仮名)という名に惹かれ、のれんをくぐる。閑散とした店内。 大将から「今日は寒いねえ」と声を掛けられる。確かに寒い店内。ストーブが切られている。 おすすめと記された揚げたてコロッケカレー650円を注文する。 「いやあゴメン、ゴメン、問屋さんが来なくて、品切れサ。前まで週3回来てたのに、週2回になって、とうとう週に1回しか来なくなっちゃったんだよ。経費節減だってよ。だから今日は揚げ物なしなのよ。」 ということで改めてメニューを見渡すと、素うどんか、かけそばか、普通のカレーしか選択がない。 普通のカレー480円を注文する。 「赤平も財政再建団体になりかけでしょ。夕張に続くのはウチらだって。夕張は1番目だったから、なんだかんだ支援があって良かったけど、そのあと続いてももう話題にもならんだろうな・・・」 と夕張を羨ましがってるかのような口ぶりだった。 炭坑の全盛期には6万人いた市の人口も、今や1万2千人ほどになっているという。 その後市内をふらついてみたら、町のまんなかの小学校が閉じていた。入り口や窓ガラスにベニヤ板が打ち付けられている。その校名は「赤平小学校」。何と市の名前そのものの小学校が閉校になっているのだった。どうやら昨年の春に閉鎖され、近隣の小学校に合併されたようだ。校舎の老朽化の問題もあったのかも知れないが、市の中心の小学校を失うことの悲しみはいかばかりだっただろう。 その後、3年ほど前に写真を撮らせてもらった親父さんの店を訪ねてみる。靴修理屋のちょっと癖のありそな親父さんだった。もらった名刺には名人と記されてあった。 しかし、店のあった場所は更地になって白い雪が積もっているだけだった。 となりの金物屋さんで聞いてみると、親父さんは去年癌で亡くなったのだと知らされた。 |
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