山懐にて

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今シーズンは夕暮れに朱色に染まる大雪山・旭岳を撮りたいと思っていたが、気象条件と自分の空いた時間とがなかなか合わずにここまで来た。そしてようやくタイミングが合いそうだった。今シーズン、今日を逃すともう後はないような気がした。
温泉街に車を止め、機材と三脚を担いで、スノーシューで山の懐に分け入る。パカパカパカパカと進んで行く。
視界が広がるところまで来ると、旭岳の頂がすっきりと見えた。しかし、夕陽の方角には帯状の厚い雲があって、日の光が届いてくれない。このまま終わってしまうのか。
待つ。ひたすら待つ。だんだん寒くなってくる。いつの間にか、リュックに入れていた水が凍っていた。体を温めるため、歩き回る。雪を踏みしめる音だけが響き、足を止めると全くの静寂の世界が広がっている。
そして一時間後、日没間際にようやく西日が白い峰に到達したのだった。

帰り道も楽しかった。蒼い空に浮かぶ月とシルエットの木々たち。さらに時間が経つと、月明かりで雪面に影が落ちてきた。星もまたたき出した。そんな旭岳の山懐をひとり、パカパカと歩いて行った。

満たされた気持ちで家に帰ると、留守番電話のメッセージが立て続けに入っていた。再生した声の主は、自分はあなたの叔父で、私の兄、つまりあなたの父親が亡くなったと告げていた。

残された番号に電話してみると、大阪に帰って来れるかと聞かれた。帰れないと告げると、では一切を我々に任せてもらえるかと問われた。全く異議がなかった。
父親と言っても、親子の関係はすでに物心ついたころから、戸籍上のものだけとなっていた。そのことに失望もしていたし、恨みもしてきた。
だから、帰らないと答えた。仕事も、締め切りも抱えていた。

だけど帰ることにした。気が変わった。
深夜までデスクワークをし、目処がついたところで飛行機のチケットを取った。
朝になったら、仕事をキャンセルさせてもらう電話を入れねばならない。全く迷惑かけて申し訳ないが、ボクの替わりなど誰でもできるに違いない。

今は頭の中が混乱しているが、父親が死んだとき、ボクは旭岳の山懐に居た。それだけがはっきりしている。
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