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出会いを伝える

2007年09月23日 - 忘れがたき駅前ふるさと

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今日はちょっと嬉しい出来事があった。去年の冬に取材させてもらって、連載しているJR北海道の車内誌「忘れがたき駅前ふるさと」の今年の四月号に登場していただいた老夫婦が、その息子さんに連れられて浦臼町からウチの家を訪ねてきてくれたのだ。
いい表情の写真を撮ってくれたこと、掲載後いろんな人から反響があったことで、一生の記念になったとお礼を言ってくださった。メロン農家の老夫婦からはとても甘いメロンがこの夏に届き、その折に電話でお話させていただいていたが、わざわざ会いに来てくださるとは思いもよらなかった。
何でも札幌に住んでいる息子さんがやってきて、今日は天気がいいし、ドライブがてらその人に会いに行ってみようよと誘ってくださったらしい。親思いの優しい息子さん(ボクよりちょっと年上かな)だ。

駅前に残る昔ながらの場所を訪ね、話を聞き、写真を撮るという取材はすんなり行くときもあるが、たいていは難航する。事前にあてがある訳ではなく、誌面の意向に沿う取材先を探し当てるのだ。やっと良さそうな場所をみつけて勇気を出してノックしてみても、取材拒否されることが多々ある。そりゃそうだろう、自分の話や写真が媒体に載ると言われりゃ、勘弁してくれよってことになるのも無理はない。
そんな中、ああいいよと突然の訪問者を受け入れてくれて、しかも載せてもらって良かったよなんてその後に言ってもらえたら、出会いっていいなあとつくづく思う。

実はつい先日この連載を来年の3月で終了することに決め、編集部にその意向を伝えたばかり。打ち切られるのじゃなくて、いろんな思惑や制約のなかでこの取材を続けていくことに限界を感じたからだ。
ちょっと冷却期間をおいて、また自分のライフワークとしてこの取材は続けていきたいと思う。いつかまたどこかで何らかの形で発表したい。ただそれが取材される側の人にとっていい形なのかは分からない。
自然風景を撮るのと違い、人の写真を撮ったり、身の上話を聞き発表するということはそれ相応の覚悟が必要だ。
その覚悟を身につけられるかどうかだ。

継続は力なり

2007年04月07日 - 忘れがたき駅前ふるさと

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いつの間にか新年度に突入。ってもう一週間も経ってるのにね。
JR北海道の車内誌(月刊)の連載「忘れがたき駅前ふるさと」は今年度も連載継続となりました。これで3年目となります。
「忘れがたき駅前ふるさと」とはその名の通り、駅前に今も残る懐かしい光景、暮らしなどを写真と文章で綴るというものです。数年前より撮りだめて来た写真をもとに企画を持ち込み、2年前にページをもらうことができました。
しかしながらネタのストックもとっくに底をつき、今や月イチの締め切りにおびえている状況です。
取材に関しては、事前の候補があるわけでなく、鼻を利かせながらうろうろし、そして一軒一軒「こんにちは~」とやっているのです。
取材拒否にあいながらも、最近ではめげない図太さも備わってきました。

評価も反応もなかなかもらえない孤独な仕事ではありますが、時々載せてくれてありがとうというお礼の言葉を頂くことが何より嬉しくあります。
今年度は人をさらにクローズアップして取材して行きたいと思ってます。「駅に歴史有り、人にドラマあり」です。
北海道道内を走る全特急列車などでご覧頂くことができますが、遠方の方には定期購読も可能です。送料込みで12ヶ月(12冊)2232円。お問い合わせは北海道JRエージェンシー、電話011-751-7920まで。もしくは飯塚にメールいただければ詳細お知らせいたします。

いつか「忘れがたき駅前ふるさと」を単行本として出版したいという目標で頑張っております。

小玉自転車店

2006年04月04日 - 忘れがたき駅前ふるさと

   小玉自転車店 (釧路市)

  釧路は道東を代表する街であり、幣舞橋やフィッシャーマンズワーフMOO、そして和商市場など観光スポットも多い。駅前は近代的な都市の様相を呈している。
 しかし釧路駅の北口に回ってみると華やかな表玄関と違い、商店や住宅など庶民の生活の場としての顔が見えてきた。
 その駅北口に一軒、懐かしい自転車屋さんをみつけた。小玉自転車店。まず木枠のガラス戸を手で開けて店内に入ると、戸が勝手に閉まっていった。
「床が斜めになってるから、動力なしで自動に閉まるんだ」
そう言いながら店主の小玉定男さんが出てきた。このお店は昭和31年に創業した。来年で半世紀を迎える。狭い店内は何度も改装してきたが、借りているので立て替える訳にはいかないそうだ。年月を経るごとに出てくる不具合を、貞夫さん自らが手直ししながらこの店を守り続けている。
 木の床も所々反ったり曲がったりでフラットではない。ビスを落とすと店の隅まで転がっていく。長年のオイルの匂いが染みついたこの木の床のことを定男さんは
「こいつは自転車に優しい床なんだ」と言った。整備のために自転車を逆さにしたり横にしてもお客さんの自転車には傷が付かない。だからこの柔らかめの木の床が一番なんだと話してくれた。
 道東の拠点の釧路という場所柄、夏休みには自転車で旅する人が多い。小玉自転車店はそんな旅のトラブルの際の駆け込み寺にもなっているようだ。「どこで聞いてくるのか知らんが」多種多様な自転車が持ち込まれる。しかしそれに合わせてタイヤチューブもいろんな種類の在庫を抱えなきゃならないと苦笑い。それでも旅人の役に立てることが心底嬉しいのだろう。定男さんが修理する姿を思い浮かべてみた。
 最近では自転車の値段も下がり、故障したら投げ捨てて次を買い換える人が増えていると嘆く定男さん。この方はきっと物を大切にする人なんだろうと思った。
(JR北海道車内誌「THE JR HOKKAIDO」 '05年6月号に掲載)

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昨年の4月よりJR北海道の車内誌に連載している「忘れがたき駅前ふるさと」ですが、3月で1年契約が終了したものの、晴れて連載継続となりました。この4月より「新 忘れがたき駅前ふるさと」となって連載がスタートしております。
これまではJRの駅前に残る懐かしい商店を取り上げて来たのですが、今年度は駅そのものや駅前の風景に焦点を当てて行きます。


長万部食堂

2006年02月05日 - 忘れがたき駅前ふるさと

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            長万部食堂  ( 長万部町 )

 室蘭本線と函館本線の分岐駅の長万部駅。蒸気機関車(SL)時代には急な勾配が連続する函館本線(山線とよばれていた)のSLを付け替えたりする大きな機関区があった駅だ。
 その長万部の駅前にあるのが長万部食堂である。通りに面したショーウインドーからしてレトロな雰囲気を醸し出しているが、お店の中もこの町が国鉄マンで賑わっていた当時のままのような佇まいだ。ここに座っているとSLの汽笛が聞こえてきそうだ。
 お店のご主人の沢さんに仕込みの合間を縫ってお話を聞いてみた。このお店の建物は昭和9年に日本海側の寿都辺りからこの場所に移築されたものであるが、それ以前には本州にあった建物らしいということだ。そのため北海道では珍しく瓦屋根の建物となっている。
 現在では食堂であるが、移築された当時は雑貨や新聞、お酒も販売し、今で言うところのコンビニエンスストアーのような存在だったようだ。そのあと女給さんを抱える飲み屋さんだったこともあるそうで、いろいろと業態を変えながら昭和30年より食堂となった。
 沢さんはこの建物が出来た年にここで生まれ、この建物とともに暮らしてきた。懐かしい旧式のレジスターとも長い付き合いだ。
 鉄道輸送が全盛だった頃、国鉄マンは花形だった。駅員の他、機関区、保線区の職員やその家族も含め、長万部の町は国鉄の町だったのだろう。この食堂にも多くの国鉄マンが出入りし、カレーやオムライス、トンカツなどの味を楽しんだに違いない。このお店の中もそして町中にも、SLの排気音や汽笛が鳴り響いていたのだろう。
 それがやがてSLが消え、ディーゼルになり、札幌へ向かう列車が山線ではなく、勾配の緩やかな室蘭本線を経由するようになっていくのに伴って、多くの国鉄マンが長万部の町をあとにした。国鉄とともに歩んできた瓦屋根のこの食堂も、駅前開発で立ち退きの計画が上がってきているということを知らされた。 
 
            THE JR Hokkaido 05年5月号掲載

水谷商店 愛別町

2006年01月28日 - 忘れがたき駅前ふるさと

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Rolleiflex 3.5F Planar75mm Fuji Across microfine1:1

          水谷商店 ( 愛別町 )

石北本線安足間(あんたろま)駅前にわずかに残っている商店がある。
駅のホームを下りると、閉じた製材所が否応なしに目に入り、かつてこのまちが林業で栄えていたことが分かる。
駅前の細い通りを右に曲がるとそのお店はあった。
木枠で出来たガラス戸越しに、使い込まれた木製の陳列台が見える。昔使った「ジャポニカ学習帳」が並んでいて思わずうれしくなってしまう。鉛筆、墨汁といった懐かしい文房具の他、食料品から衣料品、簡単な薬まで所狭しと陳列されていて見ているだけで楽しい。
あんたろまのお店のおばちゃん、水谷多美子さんは昭和11年にこのお店が出来たんだと教えてくれた。
「昔は製材で賑わっていたが、今はこの集落も年寄りばかりで子供が一人もいないんだ。」
この文房具や、紙おむつは誰に買ってもらうつもりなのだろう。
 手の込んだ仕掛けのミシン糸入れの上には、お茶っ葉の入った戸棚がのっかっている。銀色に輝くブリキがこのお店の象徴のようだ。何年もの間、お客さんを迎え入れてきた。 腰をかけるのに丁度良い高さの上がり口は、買い物がてらおしゃべりにやって来るお年寄りの憩いの間なのだろう。みんな長話をしていくよとのことだった。
「お嫁に来たときは店の前には馬車が走ってたんだよ。」
その後、国道が駅の裏側を通るようになり、林業も衰退し、駅前から往来が減っていった。
「便利になって誰も来なくなったよ」
今、旭川紋別自動車道の建設が進んでいる。完成のあかつきには交通の要所、上川の街を通る車も減るだろう。

          JR北海道の車内誌「忘れがたき駅前ふるさと」05年4月号より

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飯塚達央
写真の町、北海道東川町在住の写真屋、飯塚達央。1968年大阪出身の50才、脱サラし北海道移住23年目になります。
北海道・東川町で写真スタジオ「フォトシーズン」をやってる写真屋です。日々、ブライダルやファミリーフォトを撮っています。
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